引き算の美

次は引き算の美について考えていきましょう。

日本は昔から枯山水 俳句 和歌 生花 茶の湯 このように「詫び」「寂び」文化が育まれてきました 。一番馴染み深いもので京都龍安寺の枯山水の庭を例にとって考えてみましょ。龍安寺の枯山水の庭全体見渡すとどこにも大海原を表す水がありません。大海原を表すためにあの庭を作ったのですが一番必要な水を引き算したにもかかわらず水を感じさせる。これは余白の部分を自分の頭で脳で捉えて考えるということになります。枯山水の庭を見ると心が落ち着く理由がそこにあります。そこに現実にないものを脳で捉えてそして感覚でこれを完成させること。大海原を表現するために一番大切な水を引き算した。これがつまり余白なのです 。 今の現代人にとって生活の時間の余白がない今、あの枯山水を本当に感じ取ることができるようになりたいものです

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